谷根千探訪

東京・谷根千界隈の古き良きおすすめの場所を紹介するブログです。

平櫛田中氏とは?上野桜木のアトリエに行く。


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これなんだかわかりますか?

なんと木彫りの子供です。木彫りです。木を彫ってある。木の彫刻です。

しつこいですが、それほど驚きの精巧さ!木でこんな表現ができるとはにわかには信じられません。にわかには!

 

これを作ったのは誰か。この方です。


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平櫛田中さん。

ひらくしたなかさんではありません。ひらくしでんちゅうさんです。

日本を代表する彫刻家の方です。意外と知らない方も多いのではないでしょうか。私は名前だけ知っていて、何の人なのかはしりませんでした。

でも先日NHKの日曜美術館で特集されているのを観て、「あれ、この人聞いたことあるぞ?」と。なったわけですが、なんで知ってたのかと言うと、徒歩圏内に平櫛さんのアトリエがあるからです。

それがこちら!


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渋い佇まい。今も誰かが住んでいそうなリアルな、生きた建物ですね。

谷根千エリアの中の谷中の外れ、上野桜木という地にひっそりと残されています。

それは「ひっそりと」という表現がピッタリな、本当にひっそりとした場所にありました。谷中墓地のすぐ脇の住宅街の裏路地に、目立たない感じで一軒の民家という風にありました。

 

この建物は現在平櫛氏の生まれ故郷である岡山県井原市に寄贈されていますが、「たいとう歴史都市研究会」というNPO法人が管理運営に協力されてるそうです。通常は非公開なのですが、アートイベントなどに利用される際は中に入ることができます。なのでいつ入れるかとか営業時間といったことは決まっていないという感じのようです。

そしてここには田中氏の作品があるというわけではありません。この空間を活用しながら維持しているという形だそうです。

 

先日訪れた時は「彫刻と家」という展示が開催されていましたので、入ることができました。この「彫刻と家」という展示は、東京藝大の彫刻科木彫研究室の主催だそうで、これまでに10回展示をする中で、この平櫛邸の修繕や庭木の手入れを行ってきたとのこと。そうやって藝大の有志や近所の町会、建物歴史ファンなどの手によって守られながらその形を今に残しているのですね。写真を撮ってもいいとのことでしたので撮影してまいりました。後ほどご紹介。

 

その前に平櫛田中氏とこの建物の成り立ちをもう少しお話しておきます。

平櫛田中(本名倬太郎(たくたろう))は1872年に岡山県井原市に生まれ、岡倉天心(東京藝大の前身東京美術学校の創立者)に師事します。もっとも代表的な作品は日曜美術館でも紹介されていた、1958年に完成した「鏡獅子」。尾上菊五郎をモデルに、戦中のブランクを経て20年かけて制作したというからとんでもない大作です。

生涯木彫にこだわり、精力的に制作する一方、生活に苦労する時期もあったようです。真の芸術家というのはこういう方を言うような気がします。そういう方が発する言葉は人の心に響くのか、「田中語録」と呼ばれる言葉も残しているそうです。

「いまやらねば いつできる わしがやらねば たれがやる」

「六十七十ははなたれこぞう おとこざかりは百から百から わしもこれから数え百歳」

1つ目の言葉ははっとしますが、2つ目の言葉にはちょっと笑ってしまいます。ユーモアのセンスを感じます。実際に107歳まで生きて大往生した田中氏だからこそ言える言葉ですね。きっと周りの方にも愛された方だったんだろうと思います。それを立証するようなエピソードが平櫛田中アトリエにはあります。

このアトリエは、それまで使っていたアトリエが手狭になり、大作が作れないと思っていたところ、かの有名な巨匠、横山大観・下村観山・木村武山の3人が田中氏のために自分たちの絵を売り、その資金をもとにアトリエを建てたんだそうです。「アトリエを作る費用は何とかするから良い作品を作ってください」ということだそう。愛されてます。

 

田中氏はこの上野桜木のアトリエに大正8年(1919年)から昭和45年(1970年)までの約50年間暮らし、その後小平市に移り約10年間暮らしました。晩年に至っても制作への情熱は衰えず、107歳で亡くなったときには作品の材料となる木材が30年分以上あったといいます。

ちなみに故郷の岡山県井原市の田中美術館には上野桜木のアトリエが再現されているそうですが、そこには田中が作品用に集めていたこの膨大な量の材木が使われているそうです。
こちらの井原市の田中美術館のHPには「田中のこぼれ話」というページがあって、とてもおもしろく、人柄がにじみ出るようなエピソードが書かれているので、興味があればぜひ見てみてください。田中美術館HP

 

さてそれでは上野桜木のアトリエの中をご紹介します。建物は2階建て、制作のために天窓が設けられていたり、当時の近代建築の先駆けだったそうです。アトリエが建てられた3年後には住居が併設して建てられたので、斜めった感じで2つの建物がくっついています。

 

展示されている作品は、東京藝大彫刻科木彫研究室の方の作品です。
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入口入ってすぐ右手の住居エリア。茶の間と台所の間で、ちょっとした縁側のような雰囲気です。


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この奥に台所が続くようです。食器が入れられたすりガラスが古さを感じさせてたまりませんね。


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展示されていた作品で一番好きだったのがこちらの男の子。しゃがんでる姿勢がいい。


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ちょっと引いて写真を撮りました。

 

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1階アトリエ部分。かなり広めのスペースです。


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アトリエの2階に続く階段。引き戸も階段もいい味わいです。

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こちらは2階の光の当たる部屋。写真でも静けさが伝わります。


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こちらの建物、たいとう歴史都市研究会に問い合わせをすると活用したい方などの相談を受け付けてくれるそうなので、何かこの建物を活かすような活動をされたい方は問い合わせしてみてもいいかも。たいとう歴史都市研究会 何の回し者でもないのですが、宣伝みたいになってしまいました。でもこういう建物が残っていくといいなあと思っています。(どこでもそうだと思いますが)台東区文京区は古い建物がどんどん取り壊されて行っているので、古いものが好きな私などは寂しい気持ちがします。維持する方が大変ということも大きいのでしょうね。

では、平櫛田中アトリエの場所はこちらです。

鶯谷駅からが一番近いようですね。根津駅、上野駅からも歩いて行けます。

 

前にご紹介したパティスリーイナムラショウゾウの閉店したほうの店舗のすぐ裏にあります。

www.mikazuki8.net

いつ行ったら開いているかとか、今何かイベントをやっているかということが分かるといいのですが、そういった情報はたいとう歴史都市研究会のfacebookに載っているようです。