谷根千探訪

東京・谷根千界隈の古き良きおすすめの場所を紹介するブログです。

谷中は寺町。お寺の入口は格好いい

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今日は谷根千の「谷」、谷中のお話です。

谷中は寺町と言われていて、歩いているとあちこちにお寺があります。どこの角を曲がってもどこを歩いてもお寺に遭遇するという感じです。その数は70数軒にもなり、「寺院の屋根の下に谷中の町がある」という表現があるそうです。

 

お寺が増え始めたのは今から約400年前、寛永年間のころ(1624~43年)。上野寛永寺の子院が建てられ始めて増えていったのだそう。現在の天王寺だけが鎌倉時代より前から存在し、それ以外のお寺はこの頃以降に建てられたことになります。谷中は谷という字がついてますが、谷があれば高台もあるわけで、その高台のところにたくさんのお寺があります。

上野寛永寺は天台宗の別格大本山のお寺。ちなみに総本山は皆さんご存じ京都の比叡山延暦寺です。寛永寺は徳川幕府の安泰と万民の平和を祈願して寛永2年に建立されました。京都には比叡山延暦寺、それにたいして東には東叡山寛永寺、ということだそうです。

この寛永寺、もともとはものすごい広さだったようで、上野という街はすっぽり寛永寺におさまってしまうほどの規模だったそうです。

さすが徳川家。

家康、秀忠、家光公の三大将軍が帰依していた天台宗の僧天海に徳川家が与えたのがこの上野の地。江戸に天台宗の拠点を作るためにこの広大な土地を与えたのだそうです。徳川将軍家の、15人のうち6人の将軍が眠っています。

 

慶安年間に江戸府内の再開発があり、神田にあったお寺が多数谷中の地に移転。また、明暦の大火と言われる1657年の江戸の大火事のときにも焼失した江戸のお寺が谷中に移りました。

明暦の大火って今回初めて知りましたが、恐ろしいですね。3日間で江戸の大半を焼いた大火事だそうで、世界三大大火と言われることもあるそうで。これを機に文京区にあった吉祥寺は今の吉祥寺に移転したりしたそうです。東京の大半が焼けてしまうなんてとんでもない話です。

 

そしてお寺の門前に町家ができ、参詣に来る人々が増え、庶民の行楽地として栄えていったのですね。

たしかに先日のお彼岸のころ、谷中界隈はお墓参りの人でにぎやかでした。お寺に続く道に車が行きかい人が行きかい、ちょっと活気づいてました。

 

 

それから1868年、戊辰戦争の流れで勃発した上野戦争によって多くの寺院が焼失してしまいましたが、その後再建して、戦争を越えてその頃のものが残ったということです。

 

お寺が多いということはお墓が多いということで、「お墓の横は怖くて」なんていう方は住むのに適さないかもしれませんが、静かで大変落ち着いています。タヌキなんかも時々見かけるので、隠れる場所もあるんだと思います。

墓地として最大の規模を誇るのが谷中霊園。ここには徳川慶喜や横山大観、渋沢栄一が眠っています。春は桜の名所となるこの谷中霊園は東京の三大霊園(谷中、青山、雑司ヶ谷)に数えられるそうです。

 

話は逸れますが、その谷中霊園でもうすぐ10月になろうかというのに満開に咲き乱れる百日紅がありましたので写真を撮りました。

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真夏のように咲く白い百日紅

この谷中霊園の中にあるのが鎌倉時代からあるという天王寺(旧感応寺)です。

天王寺は都内有数の古刹だそうで、江戸時代には富くじ(今でいう宝くじ)の興行が開催されていたそうです。昔からあったんですね、宝くじ。

 

歴史をこうやって文字にしてみると、ただ掲示板をなんとなく眺めるのとは訳が違いますね!勉強になります。(自分にとって)

 

さて、歴史の話はこれくらいにして、お待ちかね(?)のお寺の門構えコレクションにまいりたいと思います。

 

お寺の入口って、こんなに格好よかったっけ?とあらためて発見がありました。がっしりとしていて力強く、それでいて静寂さを併せ持つ門。日本の古くからの伝統を受け継いだ変わらぬ佇まい‥(たぶん)。

ではご覧ください。


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ここは先に書いた天王寺。一番古いけど一番新しい門構え。すぐとなりに天王寺の小さな門も。


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こちらは東京都指定旧跡の臨済宗全生庵。三遊亭円朝氏のお墓があるそうです。


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いやー、格好いいですね!どうでしょう、粋ですよね。

普段見慣れているはずなのですがじっくり見るとこうもそれぞれ個性があって重みがあって味わいがあったとは。

将来のお家の入口はこんな感じにすることに決めました。売ってないかな?

検索してみると・・・

 

売ってました!↓

古材、古建具、古道具の販売【ひでしな商店】 / お寺の門

売り切れ!残念!

 


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そしてこちらは谷中の絵処アラン・ウエスト。お寺の門を移築したそう。

アランさんの記事は先日書いたこちらをどうぞ。

 

www.mikazuki8.net

 

 

そして最後にお知らせです。

10/12 & 13は「谷中まつり」と「菊まつり」が開催されるそうです。

谷中まつりのメインの会場は千駄木駅から三崎坂をのぼって谷中小学校の信号を左に曲がったところにある初音の森という広場で、菊まつりの方はその斜め向かいの大円寺だそうです。近いですね。大円寺の入口の写真今回撮っておりません。。入口がわからなかったのです。

谷中まつりはヒーローショーや大道芸などもあったり、街のあちこちでイベントが催されるそうです。


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菊まつりはかつて江戸時代から明治時代にかけて続いていた菊人形という催しを今に再現したお祭りだそうです。明治の末には衰退してしまったのですが、昭和59年に再現されたんだそう。

千駄木駅を上野桜木の方に行くと三崎坂、本郷の方に行くと団子坂が伸びているのですが、この団子坂でその菊人形が秋に催されていたそうで、大変な盛り上がりだったみたいです。夏目漱石や森鴎外の小説にも登場する催しだったそうなので、にぎわっていたのでしょうね。

 

これからようやく過ごしやすい、いい季節になりますし、散策しながらお寺の門構えをじっくり見てみたいと思います。(今週のお題を急に取り入れてみましたw)

 

それでは。